審判からフットボールをデザインする

レフェリーな話

はくです。

スポーツは違えど、皆さんは「審判員」ってどんなイメージをお持ちでしょうか?

やっぱり「真面目」「几帳面」「融通がきかない」と言ったところでしょうか?

実際、審判をメインに活動している方々は多くがそうだと思います。そして「審判に進むなんて変わり者だ」なんて思うこともありませんか?

キチンと判定出来て当たり前、ひとたびミスすれば非難囂々の審判員についてあらためて書いていきたいと思います。

審判員は変わり者?

競い合う二つのチームを中立・公平に判定する審判員。

本来であれば、同じフットボールと言うスポーツの中で携わる人間なので、いがみあったりすると言うのはないはずなのですが、判定が変わればチームの勝敗に影響すると言うことで、ときに激しい不満や感情を向けられるということはよくあります。

ある事象が起きたとして、反則を取っても取らなくても文句を言われることがありますし、ネットをはじめとしたあらゆるメディアでは、疑惑だの不可解だのと言った言葉が並びます。

プロの試合でも必ずと言って良いほど審判へのヤジや罵声が聞かれます。言っても良いような空気なんですかね…。

そんな得するようなことがないような審判員という役割。やっぱり気持ちの良いものじゃないですよね。

中高生でも練習試合なら控え選手の役割で、決して華のある仕事ではありません。

やっぱり「審判員したいなんてアイツ変わってる」って思いますか?

なぜ惹かれるのか?

指導者にしろ審判にしろ、最初からやりたいと思っている方はごく少数な方だけで、ほとんど多くの方が選手の後のセカンドキャリアとして審判員と言う道を選んでいると思います。

そして多くの審判員が「役割は違っても好きなフットボールに関わっていたい」と言う気持ちで行っています。

私もそんな考えの一人です。

特等席で観る

あとこれは、個人的な感覚なんですが、選手の時とは全く違う景色が広がっているんです。

勝ち負けだけにこだわらない、22人のいろんな感情や想い、ベンチやスタンドも含めたいろんなプレーに一喜一憂する空気。

何より選手の素晴らしいプレーを目の前という特等席で見れる素晴らしさがあります。

審判からフットボールをデザインする

審判は話せない?

そんな審判沼にはまってしまった私ですが、ここ数年感じていることがあって「選手や監督、チームの皆さんはいろんなことを発信しているのに、なぜ審判だけが発信できないのか」と言う問題。

おそらく昔からの習慣で、発言をする文化や機会がなかったこともあると思います。

ただ、時代は変わってSNSもある現代。

一部のトップレフェリーだけでなく、すべてのレフェリーが発言したっていいと思うんです。(もちろんリスクを伴いますが)

もっともっと、審判員を身近に感じてもらいたい

憧れと敬意を持ってもらいたい。

審判員への敷居を低くしたい

審判員に携わるすべての人が笑顔になってもらいたい。

そんな気持ちがあってこのブログを始めました

審判からスポーツを良くすることだってできる。

そんな気持ちを持ってこれからもブログに取り組んでいこうと思います。

今日はここまで。